オペラのテンポは台本作家が決めている!?【イタリア・オペラの韻文から楽譜を読む】
テンポは作曲家が決めるもの、と思われがちですが、実は台本作家がある程度決めてしまっているとも言えます。
というのも、台本の韻文によってリズムが変わり、テンポ感も変わるからです。
イタリア・オペラの韻文の基本的なことから、実際の楽曲まで見てみましょう。
韻文で書かれるイタリア・オペラ
イタリア・オペラの台本は、基本的に韻文で書かれいます。
一般にはマスカーニが亡くなる1940年代までの伝統ですが、ルイジ・ノーノのオペラ《不寛容 intolleranza》(1960-61)でさえも韻文の規則にある程度沿っています。
フランスやドイツ
他の言語の方が、比較的早い時期から散文に分解しました。
フランス語だと、シャンパンティエの「ルイーズ」、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」は散文です。
ドイツ語だと、ワーグナー、シュトラウスの「サロメ」、ベルクの「ヴォツェック」なども散文です。
ワーグナーは「韻律をもつ文は表現に相応しくない」と言いました。
ルネサンスの人文主義の中で生まれたというオペラの背景
オペラが誕生する前にイタリアで盛んだったルネサンスのマドリガーレ、牧歌劇、幕間劇などもすべて韻文で書かれていました。
オペラの誕生は、こういったジャンルの影響も多分に受けていますので、その伝統が引き継がれたと言えます。
オペラは元を辿ればルネサンスの人文主義の中で生まれた知的なものです。
オペラにおける韻文の規則
一般的にオペラには、楽曲とレチタティーヴォがありますが、それぞれで韻文の規則が変わってきます。
アリアやアンサンブル…ある特定の韻文
基本的に、3音節詩行〜11音節詩行です。
例えば、テンポの速い楽曲では5音節詩行などの短い詩行が用いられます。
逆にいうと、短い詩行詩行で書かれた台本の場合は、必然的にテンポも速めに作曲されることになります。
デスピーナのアリア 第2幕19番《Una donna quindici anni》(《コシ・ファン・トゥッテ》より)
テンポの変化が韻文で先に決定されている例です。
台本は、
8音節詩行 → 5音節詩行
に変わります。それに伴ってテンポも
Andante → Allegretto
に変化します。
台本はこちら。
アリアの冒頭の楽譜。8音節詩行(Andante)。
アリアの後半部分。5音節詩行(Allegretto)
このように、詩行が変わるところで、テンポも変わっています。
レチタティーヴォ…解けた詩行 versi sciolti
レチタティーヴォは、基本的に7音節詩行と11音節詩行の混合です。
日本語でいう五七五のようなものですね。
ただ歌ったり聞いたりしているだけでは、散文のように聞こえてしまいますが、実は韻文で成り立っています。
台本作家が自由に7音節詩行と11音節詩行を組み立てているのです。
第1幕第1景 レチタティーヴォ・セッコ(《コシ・ファン・トゥッテ》より)
こちらが韻文の整った台本です。
これを初めてみたとき、印刷のミスでこんなに空白ができているのかと思ってしまいました。
そうではなく、次の役者に言葉が変わる時も、「韻文の詩行としては1つの詩行だよ」ということなのです。
シラブルを数えればわかりますが、全て7音節詩行と11音節詩行です。
楽譜で7と11を囲ってみると、このような感じになります。
7音節詩行と11音節詩行がどのように音楽的構造に影響しているか、考えるきっかけになります。
どんな分析でも同じかもしれませんが、考えるきっかけにはなるけれど、答えではないということです。
とはいえ、少なくとも「知っている」ということは大切です。
まとめ
作曲する以前に、台本ですでに劇的構成が計算されているということを見てきました。
つまり作曲家は音楽の選択において広い選択の可能性を持っていますが、「無限」ではないということです。
台本作家と作曲家は共同で作業もしますので、徐々に作曲家が台本作家に指示を出すことも多くなってきます。
また、作曲家は必ずしも韻文に従うわけでなく、あえて「ずらす」ことで音楽的に表現するということもあります。
ヴェルディは、1つの詩行の間に長い休符を作って、あえて詩行を切っている場合も多いです。
私が愛用しているのはこちらの本。主要なイタリア語のオペラの台本が載っています。
韻文が整っている上に、本としての魅力があり、これをみているだけで幸せになれます。笑
Amazon.co.jp: Libretti d’opera italiani dal Seicento al Novecento: Fabbri, P., Gronda, G.: 洋書
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ネットでも、韻文が整った台本は読めます。
ただ広告やレイアウトが鬱陶しいです。
実践に生かしたい方は、宮本史利さんのこちらのnoteを読むのもおすすめです。
レチタティーヴォの歌い方(イタリア語編)|宮本史利|note
【序文】 “Recitativo(レチタティーヴォ) – 朗読の、暗唱の、叙唱調の” その単語を耳にするだけで「オペラは歌いたくない」とか「蕁麻疹が出る」という方(特に音大生)は世に数多いるのではないでしょうか…。 かく言う僕もそうでした。 今思うと、声楽を勉強したての頃、ヴェルディやプッチーニが好き、なんて言っていたのは、レチタティーヴォに対するアレルギーの副作用だったのではないかとも思っています。 イタリアに渡ってからも、「イタリア人にとっても難しい」とか先生に言われると、まさか自分がイタリアの劇場で、レチタティーヴォのあるオペラに出演するなんて夢にすら思ったことがあり
日本語で読める韻文に関する本も増えてきました。
↑こちら誰かに貸したのだと思うのですが、手元にありません。もし持っている人がいたらお知らせください。笑
上記の内容は、モーツァルト研究者、森泰彦先生のゼミにて、2013年に私が発表したものです。
先生は2017年に急逝されましたが、オペラ研究に関して多大な影響を受けました。
モーツァルト《コシ・ファン・トゥッテ》のレチタティーヴォ・セッコの45%は類似した和声進行①【定型のメジャー型】
楽曲の和声分析は世の中にたくさんありますが、レチタティーヴォ・セッコの和声分析はほとんどありません。しかし分析してみると面白いのです。特にモーツァルトのレチタティーヴォ・セッコは緻密に計算されて作られています。今回は、モーツァルトのセッコによく出てくる定型を紹介します。
高橋健介 KENSUKE TAKAHASHI Official Website
ピアニスト 高橋健介の公式ウェブサイトです。埼玉県出身。大宮光陵高校音楽科ピアノ専攻卒業。東京藝術大学楽理科を首席で卒業。同大学大学院音楽研究科音楽学専攻修了。在学中、同声会賞、アカンサス音楽賞、大学院アカンサス音楽賞を受賞。日本声楽家協会講師、二期会研修所ピアニスト。