ベートーヴェン:ディアベリのワルツの主題による33の変奏曲 作品120 楽曲解説

楽曲解説

ベートーヴェン:ディアベリのワルツの主題による33の変奏曲 作品120

バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は音楽の旧約聖書、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ》は新約聖書としばしば例えられるように、変奏曲史上でもバッハの《ゴルトベルク変奏曲》と本作品は「至高の変奏曲」として並置される。作曲は1819年に着手されるものの一度中断し、1822年になってから《第九》の第1楽章と並行して進められた。出版業者であり作曲家のディアベリ(1781-1858)は、自作のワルツを主題とした変奏曲の作曲を、ベートーヴェンを含めた複数の作曲家に依頼した。それらを合作して1つの曲集(その名も『祖国芸術家教会』)を作ろうと計画したのだが、ベートーヴェンは合作ということに不満を覚えて作曲を中断した。結局その後、ベートーヴェンは単独で書くことが決まったこともあり、33の変奏を伴う大曲へと膨んだのである。

この変奏曲は単なる変奏曲ではない。それは一般的に用いられる「変奏 Variationen」というドイツ語ではなく、「変容」や「変質」といった意味を含む「変奏 Veränderungen」をベートーヴェンが選んでいることからもわかる。実際に各変奏は単なる装飾的なものではなく、主題が内在する性格や根源的な形態を、ベートーヴェンが後期に達した書法で発展させていく。以下で特徴的な部分を抽出する。

ディアベリによる凡庸なワルツの主題(ハ長調 3/4拍子)は、〈第1変奏〉から4/4拍子へと変わり、表面的には主題は消えていく。甘く(dolce)と記された〈第3変奏〉〈第4変奏〉を挟みながら、低音トリルを用いて〈第10変奏〉 まで駆け抜ける。その後、跳躍や休符を挟んで道化的な動きをする〈第13変奏〉、 荘厳な〈第14変奏〉、それに対照的な戯れるような〈第15変奏〉というように、緩急をつけて進んでいく。〈第20変奏〉は、ハンス・フォン・ビューローが「神託を受ける聖なる瞬間」と言ったように深い静寂に包まれた変奏である。〈第22変奏〉は主題のバス音と同じ構成のモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》の第1曲〈夜も昼も苦労して〉を引用する。〈第29変奏〉からは同主短調へと変化し、〈第31変奏〉では後期ソナタにも見られる「苦悩の歌」とも言えるような旋律が歌われる。二重フーガの〈第32変奏〉はアルぺジオまで駆け抜けた後、完結せずに最後の〈第33変奏〉を迎える。ここで主題のワルツはメヌエットへと変容し、昇華する。ベートーヴェンの「不滅の恋人」として有力候補のアントーニエ・ブレンターノに献呈された。