楽曲解説に関する記事一覧
シューマン:《フモレスケ》変ロ長調 作品 20 楽曲解説
シューマンは、1838年4月に23小節のみのスケッチを残し、最終的には1839年にウィーンで短期間で書き上げた。クララ宛ての手紙では、「1週間ずっとピアノに向かって作曲し、執筆し、また笑ったり、泣いたりしていました。このような感情はすべて、私の作品20の大きな《フモレスケ》に表現されています」と述べている。
ブラームス:8つの小品 作品76
ブラームスはウィーンを拠点としながらも、1877年から1879年の夏の間は南オーストリア、ヴェルター湖畔の避暑地ペルチャッハで過ごした。1878年(《ワルツ集》の13年後)、この地で完成したのがこの曲集である。晩年期に特に優れた小品集(作品116-119)を残したブラームスであるが、この曲集はそれに向かう創作の起点となるような位置にある。
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第4番 変ホ長調 K. 282(K 6 .189g)楽曲解説
このソナタは、モーツァルトのピアノ・ソナタの中でも特異な存在である。第1楽章が緩徐楽章(アダージョ)で始まること、メヌエットをもつソナタであることがその理由である。この2つに共通するのは、《トルコ行進曲付き》のソナタK. 331のみである(第1楽章冒頭はアンダンテ)。
シューマン:《幻想曲》ハ長調 作品17 楽曲解説
1835年末、ベートーヴェンの生誕65周年を記念する記念碑建立のための寄付への呼びかけが、作曲の契機となった。リストがその中心者であり、シューマンは、作曲と出版で寄付をしようと思い立ったのである。1836年のうちに大まかには作曲されるが、1838年冬に最終的に完成する。
バッハ=ブゾーニ:シャコンヌ 楽曲解説
イタリアで生まれ、ドイツで活動したフェルッチョ・ブゾーニ Ferruccio Busoni(1866 - 1924)は、優れたピアニストだっただけでなく、作曲家、編曲家、指揮者、教育者などとして多方面で業績を残した。
ベートーヴェン:ディアベリのワルツの主題による33の変奏曲 作品120 楽曲解説
バッハの《平均律クラヴィーア曲集》は音楽の旧約聖書、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ》は新約聖書としばしば例えられるように、変奏曲史上でもバッハの《ゴルトベルク変奏曲》と本作品は「至高の変奏曲」として並置される。作曲は1819年に着手されるものの一度中断し、1822年になってから《第九》の第1楽章と並行して進められた。
J. S. バッハ:《無伴奏チェロ組曲 第5番》ハ短調 BWV1011 楽曲解説
全6曲からなる《無伴奏チェロ組曲》は、独奏楽器としてのチェロの可能性を初めて探求した作品と言え、姉妹曲集《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》と並んで音楽史上の名曲集である。
ドビュッシー:《チェロ・ソナタ》ニ短調 楽曲解説
フランス印象派の作曲家ドビュッシー(1862 - 1918)が、1915年7月から8月の短期間にノルマンディー地方の海辺の避暑地プールヴィルで一気に書き上げたソナタである。同じ時期には2台ピアノのための《白と黒で》やピアノ独奏用の《12の練習曲》を作曲するなど、創作意欲が盛んな時期であった。
言葉と音の往来【楽曲解説を書く】
楽曲解説を書くたびに、音楽をどう言葉にするかという壁にぶち当たる。そんな時はこの文章を思い出す。「お気に入りの音楽に、思い思いの言葉を貼りつけてみよう。音楽はただ粛々と聴き入るためだけではなく、自分だけの言葉を添えてみるためにこそ、そこに在るのかもしれないのだ。」岡田暁生
【公開】Kotoba to Oto Vol. 1 プログラムノート
Kotoba to Oto Vol. 1のプログラムノートを公開します。普段、頼まれて解説を書くときは、わりと堅苦しく書きますが、今回はラフに書きました。オンライン配信をご視聴してくださる方は、こちらの記事をご覧ください。