シューマン:《幻想曲》ハ長調 作品17 楽曲解説

楽曲解説

《幻想曲 Fantasie》ハ長調 作品17

 1835年末、ベートーヴェンの生誕65周年を記念する記念碑建立のための寄付への呼びかけが、作曲の契機となった。リストがその中心者であり、シューマンは、作曲と出版で寄付をしようと思い立ったのである。1836年のうちに大まかには作曲されるが、1838年冬に最終的に完成する。この作品は、タイトルも、各楽章の標題も二転三転している。当初は、《フロレスタンとオイゼビウスの大ソナタ、ベートーヴェンの記念碑のために》というタイトルが与えられ、各楽章にも「廃墟 Ruinen」(第1楽章)「トロフィー Trophäen」(第2楽章)「棕櫚の木 Palmen」(第3楽章)という副題が付されていた。最終的には、フリードリヒ・シュレーゲルの「茂み Die Gebüsche」という詩を載せることで、標題は省かれた。「密やかに耳を傾ける者のために、あらゆる音を通して、色彩豊かな大地の夢の中に、一つの微かな音が聞こえる。」と詠まれるこの詩の「一つの微かな音」とは、クララのことを示すとシューマン自身は述べている。この詩は、クララを愛するが、なかなか結婚に辿り着けないシューマンに希望を与えたのであろう。
1840年3月、シューマンのもとを訪れたリストは、《幻想曲》も含めたシューマンの作品を弾いた。その時のことをシューマンはクララ宛ての手紙で「心の底から感動しました。(中略)演奏の全ては天才に満ちていました。」と絶賛した。リストのほうも「私に捧げて下さった《幻想曲》は最高に値する作品」と称賛し、その御礼として《ピアノ・ソナタ ロ短調》をシューマンに献呈することとなった。

1楽章 ハ長調 4/4拍子 Durchaus phantastisch und leidenschaftlich vorzutragen

 「どこまでも幻想的かつ熱情的に」と記されたこの楽章は、ベートーヴェンの《遥かなる恋人に寄す》作品98の第6曲の旋律が核となっている。明瞭な形で現れるのは楽章の終盤であるが、第1主題の下行音形は、この旋律から取られている。「愛しい人よ、僕があなたのために歌った、この歌を受け取っておくれ」というこの引用旋律の歌詞に、クララへの想いを重ねたのであろう。

2楽章 変ホ長調 4/4拍子 Mässig, Durchaus energisch

 初期には、「トロフィー」や「凱旋門」といったタイトルが与えられていたように堂々とした行進曲である。クララが特に好んだ楽章でもあり、「この行進曲は、戦いから帰還した戦士たちの凱旋行進のようで私の心を打ちました」と述べている。中間の変イ長調の部分については、「白いドレスを纏った村の娘たちがみな、彼女らの前で跪いている戦士たちの頭に飾る花の冠を、各々が手にしている情景を思いました」とシューマン宛ての手紙で述べている。

3楽章 ハ長調 12/8拍子 Langsam getragen, Durchweg leise zu halten

 調の推移の仕方が絶妙で、聴く者は夢の中へ連れ込まれる。この楽章の核とも言える第3主題が、途中からテノールとソプラノのユニゾンになるのはシューマンとクララの愛の二重唱であろう。シューマン自身がベートーヴェンとの関連について述べたのは3楽章についてのみであるが(30-33小節がベートーヴェンの《交響曲 第7番》第2楽章の第3-6小節に由来するということ)、第1楽章の歌曲の引用ほどの共通性は見られない。