ドビュッシー:《チェロ・ソナタ》ニ短調 楽曲解説

楽曲解説

ドビュッシー:《チェロ・ソナタ》ニ短調

 フランス印象派の作曲家ドビュッシー(1862 – 1918)が、1915年7月から8月の短期間にノルマンディー地方の海辺の避暑地プールヴィルで一気に書き上げたソナタである。同じ時期には2台ピアノのための《白と黒で》やピアノ独奏用の《12の練習曲》を作曲するなど、創作意欲が盛んな時期であった。

 このソナタは、ドビュッシーが晩年に計画した「様々な楽器のための6つのソナタ」の第1曲目にあたる。この計画は、ドビュッシーの病のため3曲のみの完成に留まってしまったが(他は《フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ》と《ヴァイオリンのためのソナタ》)、残りの3曲の楽器編成まではおおかた決まっていた(第4曲目には古楽器クラヴサンが含まれていた)。これらの作品について、ストラヴィンスキー宛の手紙(1915年10月24日付)で、ソナタ形式のもつ「三段論法的な聴覚の努力を強制しない、フランスの古い形式を、極めて優雅に用いたもの」とドビュッシー自ら述べているが、前年の第1次世界大戦勃発に非常に心を痛めたドビュッシーが、フランスの音楽家としての使命と愛国心を胸に、敵国ドイツの典型的な「ソナタ形式」とは違った様相でこのジャンルに新たに立ち向かったと言えるであろう。それは出版された楽譜の表紙に「フランスの音楽家、クロード・ドビュッシー作曲」と書かれ、フランス人であることが強調されている点からもわかる。「フランスの古い形式」というのは、ドビュッシーが敬愛したクープランやラモーのようなフランス・バロックのクラウザン音楽の自在なテンポ変化や優美さを理念として意識しているということである。

 また、このソナタには、〈月と仲違いしたピエロ〉という副題がつく予定であったが、のちに作曲者自身によって取り消された。しかし、この副題が表す要素は充分に詰まっており、変化に富んだ即興的要素が盛り込まれた楽想からは、19世紀フランスの詩人が頻繁に主題とした、憂鬱でありながら戯け者の象徴としての「ピエロ」(そして月を想起させた)のイメージが強く現れている。

第1楽章 プロローグ(ゆっくりと) 4/4拍子

 ピアノの決然とした主題に始まり、そのフレーズが頂点を迎えたところでチェロが高らかに歌い始める。第2主題はチェロによるメランコニックなもので、やがて冒頭のピアノの主題もチェロによって提示される。ピアノは楽章全体を通して和声的な機能を担う。

第2楽章 セレナード(ほどよく活き活きと) 4/4 – 3/8 – 4/4拍子

 チェロのピッツィカートとピアノのスタッカートが不気味に戯れる。フラジオレット奏法がその趣をさらに掻き立て、グロテスクな表情を強調する。ピアノにはピアニスティックな動きではなく、弦楽器のピッツィカートやギターを模したような音形が用いられる。

第3楽章 フィナーレ(活き活きと~緩やかに) 2/4拍子

 第2楽章から切れ目なく始まり、伸びやかでありながら快活な異国情緒あふれる主題が現れる。楽想は非常に流動的に変化していき、ピエロの戯れを彷彿させる。