モーツァルト《コシ・ファン・トゥッテ》のレチタティーヴォ・セッコの45%は類似した和声進行②【定型のマイナー型】
以前の記事で書いた《コシ・ファン・トゥッテ》のレチタティーヴォ・セッコについての続編です。
レチタティーヴォ・セッコの和声分析は、世の中にほとんどありません。
今回は、短三和音が使われる箇所に注目します。
結論から言うと、短三和音が続けて使われる箇所は、「不幸」の予感がある箇所で用いられています。
以前の記事の復習
詳しくは、下の以前の記事をご覧いただきたいのですが、少し振り返ります。
モーツァルト《コシ・ファン・トゥッテ》のレチタティーヴォ・セッコの45%は類似した和声進行【定型のメジャー型】
楽曲の和声分析は世の中にたくさんありますが、レチタティーヴォ・セッコの和声分析はほとんどありません。しかし分析してみると面白いのです。特にモーツァルトのレチタティーヴォ・セッコは緻密に計算されて作られています。今回は、モーツァルトのセッコによく出てくる定型を紹介します。
《コシ・ファン・トゥッテ》のレチタティーヴォ・セッコの45%は類似した和声進行という話でした。
このようなバスの進行ですね。
この音形は、内部の和声構造やバスの第4音の変化によって、4種類に分類できます。
- メジャー型
- マイナー型
- ディミニッシュ型
- 変形型
前回は基本となるメジャー型について説明しました。
このような和声進行です。
今回はマイナー型について解説します。
マイナー型
マイナー型は、前半マイナー型と全マイナー型に分けられます。
前半マイナー型
2つ目の和音、すなわち前半の解決和音が短三和音になるものです。
島岡式機能和声で示すと、「g: Ⅴ1 – Ⅰ – C: Ⅴ73 – Ⅰ1」となります。
オペラ全体で17箇所に見られました。
長三和音と短三和音の比率
基本的にレチタティーヴォ・セッコの和音は、長三和音の割合が大きいです。
レチタティーヴォ・セッコは、属和音とその解決という組み合わせで進行していくことが多いからです。
属和音には長三和音が含まれているので、結果的に多くなります。
ですので、短三和音がくると、「おっ!きた!」となります。
それが17箇所あります。
ただ使われる全ての箇所に関して法則を見出すのは難しいです。
ところが連続で使われると、使用箇所が限られてきます。
それが次の型です。
全マイナー型
2つ目の和音と4つ目の和音が短三和音になるものです。
島岡式機能和声だと、こちらです。
「g: Ⅴ1 – Ⅰ – c: Ⅴ73 – Ⅰ1 」
前半はg mollの属和音と主和音、後半はc mollの属和音と主和音ということになります。
使用は以下の4箇所です。
- アルフォンソが泣き顔で姉妹の前に登場する箇所(1幕No.5の前)
- 士官の2人が戦地へ行くため姉妹とお別れする場面で、アルフォンソが姉妹にかける台詞(1幕No.10の前)
- 恋人を失ったら死ぬと姉妹が言っていたことをデスピーナがアルフォンソに話す箇所(1幕No.18の前)
- フェランドがフィオルディリージを前に、死ぬふりをするなどの演技をしたが、からかわれたとグリエルモに話す箇所(2幕No.26の前)
これらに共通するアフェクトがあります。
それは、
「不幸」の予感
です。
《コシ・ファン・トゥッテ》の簡単なあらすじ
舞台は18世紀のナポリである。女性の貞節などないと主張する哲学者ドン・アルフォンソと、恋人の貞節を信じる若き士官のフェランドとグリエルモが議論しており、どちらが正しいか賭けをすることになる。フェランドの恋人であるドラベッラと、グリエルモの恋人であるフィオルディリージは、恋人たちが戦地へ行くことになったことを知らされ、嘆き悲しむ。そこにアルバニア人に変装したフェランドとグリエルモが現れ、お互いに相手の恋人を口説く。ドン・アルフォンソは、姉妹の小間使いであるデスピーナを味方につけて作戦を展開して行く。やがて2人の姉妹は、変装した相手の恋人に口説き落とされ、結婚式が始まったところで、種明かしされる。
アルフォンソの登場シーン
アルフォンソが登場する場面を見てみましょう。
フィオルディリージ:お二人よ。
ドラベッラ:彼らじゃないわ。彼らのお友達のドン・アルフォンソよ。
フィオルディリージ:ドン・アルフォンソ様にお入りいただきましょう。
アルフォンソ:失礼します。
ドラべッラ:どうしてです?なぜここへ1人で?泣いているのですか?どうかお話ください。何かありますの?愛しいお方に…
フィオルディリージ:私の憧れの方に…
アルフォンソ:ひどい運命だ!
姉妹の視点
姉妹から見れば、恋人たちが戻ってきたと思いきや、違う人。
アルフォンソでした。
しかも泣き顔なので、何があったのか不安になりました。
もしや、恋人たちに何かあったのか…
そんな不安を和音でも表しているとも言えます。
未来の象徴
アルフォンソの第1声はmollの和音に包まれます。
アルフォンソは明るいdurの和音では登場しないのです。
姉妹たちの前にアルフォンソが登場し、恋人たちが戦場に行くと告げられ(仕掛けられ)、物語が動き出します。
平和で幸せに過ごしていた姉妹たちは、アルフォンソによって「本当に恋人に貞操を尽くしているのか」という問いを投げかけられることになるのです。
その結果、姉妹たちは別の男に気移りしてしまいますね。
そんな未来をアルフォンソの登場は、短三和音で象徴しているのではないでしょうか。
まとめ
普段、なんとなく和音が変わったなと思っていたところが、少し具体的に見えてきたのではないかと思います。
短調の和音になった時には、物語や心情に何か変化が起こっています。
次は、減七の和音について記事を書きます。
レチタティーヴォに関連する以前の記事↓
通奏低音の半音上行のみで構成されたわずか8小節の珍しいレチタティーヴォ【モーツァルト《コシ・ファン・トゥッテ》から】
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レチタティーヴォ専業の作曲家がいた!?【そのギャラは?】
18世紀半ば以降のナポリには、レチタティーヴォのみを作曲する人がいました。その人は、本番ではレチタティーヴォ・セッコのチェンバロを弾いていたようです。 日本が世界に誇るオペラ研究家の山田高誌さんの研究から紹介します。
論文はこちらから↓
高橋健介 KENSUKE TAKAHASHI Official Website
ピアニスト 高橋健介の公式ウェブサイトです。埼玉県出身。大宮光陵高校音楽科ピアノ専攻卒業。東京藝術大学楽理科を首席で卒業。同大学大学院音楽研究科音楽学専攻修了。在学中、同声会賞、アカンサス音楽賞、大学院アカンサス音楽賞を受賞。日本声楽家協会講師、二期会研修所ピアニスト。