詩や台本に立ち返る【音が生まれる前の「言葉」へ】

アンサンブル・伴奏 思考・日常(音楽)

歌曲やオペラなどの言葉がついている曲は、基本的に作曲家は詩や台本を横に置いて、譜面を書きました。

今回は「音が生まれる前の言葉」へ立ち戻ることについて考えました。

エッセイ調です。

作曲過程

作曲家は、ほとんどの場合、本や紙(昔は羊皮紙)で台本や詩を見たはずです。

オペラの作曲では、演劇の公演を見に行って刺激を受けて書いたりもしました。

ですが基本的には、その後に台本作家が韻文にしたものを持ってきて、それを見て作曲するわけです。

場合によっては台本作家と相談しながら進めます。ヴァーグナーは全部自分でやりました。

空間に広がる音になるまでの過程

言葉がついたものが音になるまでには、過程があります。

  1. 自然や人間などの対象→詩人のインスピレーション→詩になる
  2. 詩→作曲家がインスピレーションをもらう→音(楽譜)になる
  3. 音(楽譜)→そこに演奏が加わる(現代ではほとんど第三者による)

演奏家が実質的にやっていることは、この3の過程です。

1は詩人、2は作曲家です。

平面から立体へ

言葉や物語が、音として立ち上がる瞬間には特別なものを感じます。

文字だったものが音となって動き出す。時間として、振動として動き出す。

だからこそ三島由紀夫も音楽について特殊な感情を持っていたのかもしれません。

経験談

ブリテン《夏の夜の夢》をやった時

ブリテンのこの作品の原作はシェイクスピアです。

オペラには原作がシェイクスピアのものは多いですが、その中で原作と同じ英語のオペラはほとんどありません。

言葉はほとんどそのままだったので、あのシェイクスピアの息吹が、そのまま音になっていることに感動しました。

《ファルスタッフ》や《オテロ》をやる時とはまた違う感覚になったのではないかと思います。

ヴォルフのチクルスをやった時

大学2年か3年の時の話です。

ヴォルフのとあるリートのチクルスの本番まであと1時間くらいの時です。

練習はもうやり切ったと思って、ふと詩だけを読んでいたら、めちゃくちゃ感動しました。

この平面な文字から、これから弾くあの立体的な空間に変身したのだと思うと。

時には平面なもの、紙面に立ち返る

楽譜や演奏にずっと向き合っていると、もとは詩や台本だったことを忘れてしまう時があります。

音に飲み込まれてしまうんですよね。

演奏家はどうしても、音から詩を見てしまいがちです。

  • 音→詩

でも本来は、詩からどう音が生まれていったのかを見なければならないはずです。

作曲家の視点とも言えます。

  • 詩→音

こちらの「詩→音」の過程ですね。

楽譜ではなく詩集や台本を

オペラの台本も、韻律が揃っている紙面を見るのがとても気持ち良いです。

楽譜になると、韻文が整っているなんて一見わかりません。

リートの歌詞も同じです。詩集で見たり読んだりすると刺激されます。

最近はネットでも主要な詩や台本は載っていますが、やはり紙や本で読むと違うんですよね。

まとめ

時には、詩や台本の「静かな空間」、まだ「音のない空間」に戻る必要があります。

そこから改めて、立ち上がってきた音に耳を傾けると、違ったものが見えてくることがあります。

「音のある楽譜」から、「音が生まれる前の言葉」へ立ち戻る。

この作業が好きというお話でした。